びょうとうにっき
痴呆病棟でおこったいろいろの出来事、私の思いを書いてみました。

12月の行事クリスマス会で、病棟の介護士さん&保母さんがハンドベルを披露。
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1月31日
実は今日で私はこの病棟を退職する。
「どうしたの?嫌になったの?内科や外科に行きたいの?」とみんなは聞くけど、私はこの病棟が大好きだった。
3年やっている間には理想と現実のギャップがあって、最初はそれを克服しようと頑張ってたことも、だんだんとなれて「こんなもんかな」「しょうがないよね」と自分を納得させようとしてる自分に気が付いた。振り返ると、自分たちが働きやすいようにするために、患者さんから多くのものを奪ってしまった気がする。「もう一度原点にたってやってみたいな」という思いが、転職につながっていった様におもう。
次の職場は民間の在宅介護サービスの会社。患者さん(病院じゃないので利用者という呼び方だけれど)と家族の側に立った援助をもう一度考え直してみようと思う。
1月17日
最近、家族の面会の足が遠のいた様に思う。以前は、毎日10組以上は当たり前だったのに最近は5組、6組。。。。もちろん、身寄りのない生活保護者の入院が激増していることも原因だろうけど(うちの病院は入院費が他の私立病院に比べとても安いからだろうか?)
入院患者さんは、私物をほとんど自己管理できないため自分一人では電話をかけることもままならない。テレホンカードを入院時にお預かりして、こちらで管理する。
その受け取り時に家族に「早朝や深夜は、どうしましょう。かけたいといっても、説得して昼間にした方が良いですよね。」と確認をすることにしているのだが、「かけてきたってなんの用事も言えないんだから、かけさせないで下さい。昼間も適当に言っておいてくれればWといった家族さえいる。これには正直びっくりした。
もちろん、極度の疲労からでた発言だったのかもしれないけれど、その家族は洗濯も病院まかせで月に1〜2回、顔を出してはすぐ帰るという面会パ帰るという面会パターンになってしまった。自分の親のことなのに、気にならないのだろうか。なんのために8時から20時という長い面会時間をもうけているのか・・・
家族への指導、協力要請といっても、なかなかうまくいってないのが事実で、問題はまだまだ山積みだ。
12月28日
年末になると「年越しの外泊」についての張り紙が病棟内に張られる。
先日、家に帰っていた患者さんが、予定より早く帰ってきた。家族が言うには「家に帰っても、「帰ろう、帰ろう」と言うんです。」とのこと。病院で帰りたいというから家に連れて帰ったのに、とちょっとがっかりしていた。
入院していると「帰らなくちゃ」と廊下を歩き続ける人は多い。鍵のかかる病棟、しかも回廊型なのでお年寄りはぐるぐると回り続けることになる。帰してあげたい、と思う。でも帰りたい先は、子供の家だとは限らない。青春時代を過ごした場所だったり、何十年も前のなつかしい風景だったり、もう亡くなった「つれ合い」のところだったり・・・・
病棟になれてくると、「帰りたい」と言う要求は、減ってくる。病棟の中で、自分の居場所や役割を見つけられるのである。探し歩いていたのは、特定の場所じゃなくて、自分のいる場所、なんだな。そう思うと、少し自分たちの役割が見えるように思う。
12月10日
今まで男性患者さんより女性患者さんの方が多かった我が病棟。それがとうとう逆転した。
今、痴呆患者を受け入れてくれる病院が増えている。老人ホームも建設ラッシュだし、退院がとんとんと決まっていく。でも、そういうところに決まっていくのは、たいてい「おばぁちゃん」の方が早いのだ。しかも、車椅子に乗って、徘徊の心配のない人。「選んでませんよ」なんて、絶対嘘。そこはまだまだ「病院・施設中心」なのである。
我が病棟に入院してくる男性患者さんの多くは症状として「暴力」がある。大きな体格の患者さんになると、私達でも結構怖い。しかも、若いと力もあるし・・・。今、定床をちょっと割れているのだけどまだ病棟環境になれない男性患者さんを抱えていると、とても大変。「ボディメカニクスで腰痛からさよなら」なんて、そう簡単にはいきません
毎日マッサージしてくれる旦那様、ありがとね。
11月24日
22日のこと。沖縄民族舞踊の皆さんが来て素晴らしい踊りと歌を披露してくれました。
老人ホームなら、良くあることかもしれませんが、精神病院の中にある病棟にとっては、とても珍しいことです。なぜなら「守秘義務」というのがあるから。精神科に対する偏見は、まだ社会に多く残っています。「あそこの精神病院に誰々さんが入院してるよ」というだけで、妙な噂が近所を駆けめぐります。ですから、精神科は、入院してる患者さんのプライバシーに対してはとても神経質なのです。
でも、とても新鮮でした。沖縄出身のおじいさんが、涙流して喜んでたり。普段は30分ほどで飽きてきてしまう患者さん達が、1時間に渡るステージをしっかり見ておられました。
是非、また、来て下さいね。
11月17日
ここのところ夜勤と休みが続き、なんだか、変な調子だ。
患者さんの人数が、今減っている。入退院の激しい病棟なので、時々減るのだけど。36人(定床50)というのは、働く側にとっては、とても働きやすいのだけど・・・。
考えると、50人の病棟にスタッフが30人以上もいるというのは、病院界ではかなり贅沢。最近病院全体で看護婦が多く、経営を圧迫しているらしい。先日「人件費削減」と上からのお達し。どうもリストラはこの病院にもせまっているようだ。そしてこの定床割れ。「冬のボーナスが厳しい」といわれても、こればかりは、私達じゃ、どうにもならない。
そこのところ分かっていただけると、ありがたいのだけど・・・。
11月2日
患者さんの家族の集まる「家族会」を、毎月一度行っている。やっと軌道に乗ってきて、今回は退院された患者さんのご家族も来て、ちっちゃな会議室では狭くなってきた。自宅に退院された患者さんは、家族会の時、ご家族と一緒に病棟に来てレクに参加。リハビリについて作業療法士からの説明と、レクのビデオ鑑賞。
家族って、不安や孤独感に陥りやすい。今はどちらかというと職員が間に入ってすすめているけど、いずれは家族が主体になった会にしていきたい。愚痴のききあいや、病棟に対するもんくも、もっと言える場になれば良いな。
10月27日
先日、やっと病棟のカラオケが修理された。(かなり前に、患者さんが分解してしまったのだ・・・)
早速定例レクのない土曜日にカラオケ大会となった。最初は唱歌から。のってきたところで、演歌へと変わる。患者さんからのリクエストは、都はるみから、北島三郎、越路吹雪に藤山一郎。(私、昔の歌はあまり詳しくないのだけれど、結構覚えた!)痴呆でも、歌は心の中に、きちんと残っているんだな。
そのうち患者さんの1人が泣き出してしまった。「なんだか昔を思い出しちゃったよ・・・」そのうち、数人がもらい泣きしてしまい、ちょっとしんみり。。。生きるって大変なことだよね。何十年分のも思いでの重さに、なんだか私までぐっと来るものがあったよ。
10月8日
痴呆患者さんは、病院にいるより、お家にいる方が幸せだろう。
最近は我が病棟でも、退院して家に帰る患者さんが、少しずつだが増えてきた。病院にも、訪問看護ステーションや、在宅介護支援センターが併設されて、在宅でのケアにつなげやすい状態が出来てきている。
しかし、暴力のひどい患者さんや、妄想の激しい患者さん、活動性が高く徘徊範囲の広い患者さんは、まだまだ現状では在宅での介護は難しいようである。
病棟の開設当時、「出来るだけ家に帰そう」が、目標であった。社会資源をフルに活用しての在宅での介護を家族にもすすめていた。その結果は、私達が期待していたものではなかった。
社会資源を利用しても、家族の負担は、まだまだ大きい。夜間のヘルパーなどは少ないから、家族は、睡眠時間がどうしても減ってしまう。心理的ストレスから来る身体症状、疲れた表情がそこにあった。
また患者さんも、出来るだけ問題行動を押さえるため、薬を入院時より多く使うパターンが多く、表情が何となく曇りがち。再入院して「やっぱり、ここにいる方が表情が良くて・・・」という家族の表情は、複雑。
最近でも、患者さんを自宅で見られない家族が、罪悪感を持つというケースがままある。新聞などで施設に預けることの問題点がよく指摘されるが、それも誇大すぎると、どうかな、と思う。
家族同士が、もっと本音で話し合える場がもっとあると、いいのかもしれない。
9月30日
最近、うちの病棟には、2組のカップルがいる。
一組は、お互いに相手を自分のつれあいだと誤って認識してしまっており、いつも一緒にいる。
もう一組は、結婚歴のない男性患者さんが、物静かな女性に恋をしている。
どちらも、一緒にいるととても良い表情をしているから、対応に困ってしまう。
両方のご家族の方に話をして、許されるようであれば、いい形でのお付き合いをこちらで見守る事もある。
もちろん、他の患者さんに与える影響も大きいので、その辺は、許される範囲で。
女性患者さんは、誰かの世話をすることで、毎日の目的を見つけ、二人は一緒にいるという安心感に包まれる。
ただ、いつまでも一緒にいられるわけではないのが悲しいところ。
どちらかが退院すると、残された方は、落ち込んでしまう。多分、退院した患者さんの方も同じだろう。
そのショックを少なくするよう、退院が決まると、それとなく二人を離して、他のことに興味を持たせていくようにしていく。
たった50人の病棟も、ひとつの社会を作り上げる。いろんな人間関係を、自分たちなりに作っていく患者さん。
それを時に私達が妨害し、矯正する現実。許されることなんだろうか、それとも、義務なんだろうか。
良く解らないまま、ただ、個別のケースに対応するだけで2年半がすぎた。
他のところでは、どうしてるんだろう・・・。
9月23日
夕方になると人が変わったように落ち着かなくなる患者さん達も多い。「夕暮れ症候群」というやつだ。大声で誰かを呼んだり、休みなく徘徊し続けたり、暴力や喧嘩が多くなるのも、この時間から。
この間入院してきた男性患者さんは、まさにそのタイプ。夕方になると「日本に帰るぞ」「死刑執行人は誰だ」等と大声を出し、他の患者さん達につっかかっていく。これはまずいと私達が間に入って、落ち着くこともあるけれど、時には私達が暴力の対象になる。
一昨日の夜勤で私が間に入ったときも、一度は落ち着いたが、またイライラしてきたようだ。こんな時何を話してもどんどん興奮するばかり。とりあえず、個室に連れていって、鍵をかけてしまう。(もちろんこれにもドクターの許可が必要です)これが不思議と5分も経たないうちに自分で布団に入って寝てしまう。朝にはすっかり普通の人だ。
本日の被害パンチ1発・足蹴り2発。未遂多数。か弱い乙女になんて事を!!(笑)これが患者じゃなかったら、やり返してるかな。いや、きっと逃げ出してるな。
9月13日
私の勤める病院は、精神病院で、精神科と内科・歯科が、診療科である。
痴呆病棟の患者さんは、高齢者がほとんどなので、皆、心臓などに疾患をかかえている。
常に爆弾をかかえて生きているようなもの。急に状態が悪くなることも多い。
先日急に熱を出した患者さんは、検査の結果「心不全」との診断。
「この状態で、良く動いてるなぁ」と、ドクターは感心している。
ベットの上でも、大声を出し、動き回る患者さん。しかし、いつ心臓が止まってもおかしくない病状。
この状態になったとき、家族は決断をせまられる。
我が病院にいても、出来ることは限られてしまう。より高度な医療を求めての、転院。
しかし、精神症状が激しい人は、なかなか見てもらえる病院は少ない。
こんな時に、私達の病棟、もしくは病院で、継続してみていけたらいいのにと思う。
でも・・・合併症病棟って、やっぱり大変なんだろうなぁ・・・。
8月29日
今日は私の勤務はお休み。今月赤ちゃんを産んで今産休中の看護婦のところへ出産祝いをもっていった。
痴呆の病棟は体力勝負。3年も続けると、体はぼろぼろになってしまう。暴力がひどくて入院してくる人もいるのだから、妊婦さんには酷である。しかしこの2年半の間に、二人の人が出産している。二人とも配置転換の話もあったが、この病棟にいたいと希望があり、頑張っていた。(もちろん、危険な仕事には就かないよう配慮されたが)自分たちでいうのもなんだけど、この職場には、目的意識や、向上心が人一倍強い人が多い。それだけに、それが達成できないストレスも、多い。
今、退職者などがあって、病棟は基準すれすれの人員で動いている。やりがいはあるが、今の人数では休み時間も十分にとれず、そのせいか、職員がすごく疲れている。患者さんのことを考えたら、もっとやりたいことがあるのに。いっそ基準が変われば、経営者側ももっと人をとってくれるのにな・・・
8月28日
我が病棟の金魚達が息絶えそうだ。
8月のレクで、金魚すくいをやったときの金魚達。かれこれ2週間たつだろうか。
最初金魚すくいをやると決めたとき、反対者も多かった。「食べちゃうからダメ。」というのが、その理由。でも、何とか説得して当日を迎えた。
最初は遠巻きにみていた患者さん達も、いったんすくい始めると、なかなかそこを離れない。破れない網を使ってすくっているので、用意した100匹の金魚を全てすくってしまいそうな勢いである。とても活き活きした表情がそこにあった。
そして、そのうちの何匹かを飼うことに。患者さん達にかき回されて傷も付いていたので、2週間は生きた方なのかも知れない。
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